先日、初めて、人に作曲の仕方というものを教えました。
(会話の中で教えることはあったけど、講座的なのは初めて)
小形作曲カリキュラムというものがシステム的にあるわけでもないので、話が出た時、ちゃんと教えられるかなあと不安にもなりました。(いつも自分は感覚的に作っているところもあるので)
でも、やってみたら、思ったより教えられるではないか!と自分で自分をほめてみる。笑
作曲の仕方なんて、誰に教わったわけでもなく、中学くらいの時からギターを弾きながら、適当に歌いながら作ってきました。(鼻歌レベルなら、小学生くらいの時からかな)
たくさん自分なりに作っていく中で、このコード進行かっこいい!とか、ここは他にはこういう流れもありうるのか、みたいに試行錯誤の中で小形的作曲感覚が備わっていきました。
途中途中で、音楽理論的なもの読んだりもしました。実は最近、興味本位で作曲レッスンみたいな本も買って読んでみました。笑
でもですね、
そこに書いてあることは、ほとんどすべて「小形的作曲感覚」を別の表現、言葉で書かれているだけでした。
つまり、自分なりに既に作曲理論や感覚は備わっていたとも言えます。(自分の感覚が本の中で名前がつけられていく感じ)
本を読むことでいろんなことが再確認できたことはありますが、特に得たものはありません。
改めて、自分ががむしゃらにやってきた作曲の仕方は間違っていなかったんだと思いました。そして、その小形的作曲感覚をこの前の講座で人に教えたのですが、その人がとても感動してくれたのを見て、とてもうれしくなったのと同時に、「ああ、小形的作曲感覚は共有できるものなんだ」という発見にもなったのでした。
で、思ったのは、
やっぱり、音楽に限らず、何かを学ぶ時、本とか、知識から入らない方がいいんだろうなってことです。
例えば、
英語も単語だけ覚えればいいってもんじゃない。
歴史も年号と出来事を暗記すればいいってもんじゃない。
英語は多くの文章を捉えながら、その中、流れの中で単語や熟語を覚えていった方がいい。
歴史も歴史的背景や前後の出来事など、流れの中でひとつひとつをくみ上げて、派生的に覚えていった方がいい。
音楽もそうだと思います。
好きな曲とかをいっぱい弾いたり、作ったりする中で、派生的にいろんなことを学んでいった方がいいのだと思います。
作曲を志す人が、もしいるとするなら、それをおすすめします。
必要あらば、小形作曲講座行いますよ。高額で!なんて。笑
がむしゃらに何かを続けてきたことは何も無駄にならない。
それも実感しました。
お互いがむしゃらにいきましょう。
ではでは
小形誠